大浦 邦彦教授
早稲田大学大学院博士課程修了、博士(工学)。早稲田大学助手、同理工総研客員講師、学振特別研究員(PD)を経て、2000年4月より国士舘大学勤務、現在は教授。
2020年4月から工学研究科長。
電気学術振興賞 論文賞(1999年)受賞。2021年?2023年、電気学会C部門?副部門長。
硏究テーマ:システム制御理論とその応用。生体信号処理、時系列解析、モデリング、システム同定、医用画像処理など
三上 可菜子
特任助教
国士舘大学大学院工学研究科応用システム工学専攻博士課程修了、博士(工学)。電気学会論文誌C 論文奨励賞(2017年)、国士舘大学 学長賞(2018年)、IEEE Life sciences conference Student Travel Award(2018年)受賞。国士舘大学理工学部教務助手 兼 非常勤講師、法政大学理工学部兼任講師を経て、2022年4月より国士舘大学大学院工学研究科応用システム工学専攻(博士課程) 特任助教。
研究テーマ:高次脳機能における注意の研究、生体信号処理と解析、生体医工学、医療福祉工学、認知脳科学など
桜井 美加教授
ボストンカレッジ大学院教育学科カウンセリング心理学専攻修士課程修了。上智大学大学院文学科心理学専攻後期博士課程卒業。博士(心理学)取得。カウンセラー勤務を経て、2012年国士舘大学准教授、2015年教授。公認心理師、臨床心理士取得。
研究テーマ:中学生を対象とした怒りのコントロールプログラム、子どもや保護者のカウンセリング
企業のオープンイノベーションをはじめ、領域の異なる人たちが手を取り合う活動が増えている。違う分野の「知」が組み合わさることで、社会課題を解決する新しい手段やアイデアが生まれるためだ。
この流れは学問研究の世界でも起きている。国士舘大学大学院では、臨床心理学、脳科学、工学という、異なる学問領域の研究者が連携した研究活動が行われてきた。一体どのような内容であり、なぜ実現したのか。研究に携わった国士舘大学大学院 人文科学研究科 教育学専攻の桜井美加教授と、同工学研究科 研究科長の大浦邦彦教授、同工学研究科 応用システム工学専攻の三上可菜子特任助教が振り返った。
臨床心理学と脳科学、
2分野の研究者が交錯した理由
どのような経緯で学部横断の研究が始まったのでしょうか。
桜井美加氏(以下敬称略):私は臨床心理学が専門で、アンガーマネジメント(※怒りの感情と上手に付き合うための心理教育)について研究してきました。近年は、引きこもりの方が家庭で実践できるアンガーマネジメントの方法を構築しようと、研究を進めています。
アンガーマネジメントの重要な手法のひとつは「他者との会話」であり、引きこもりの方にとっては親がその相手の候補となる。しかし、引きこもり家庭の親子関係はデリケートなことも多く、簡単には実践できないこともあります。そこで、コミュニケーションロボットを使って引きこもりの方にアンガーマネジメントを実施できないか?と考えました。
ロボットと言っても、人間が発した言葉を“おうむ返し”で繰り返す簡素な市販品です。ですが、相手の言葉を繰り返すのはカウンセリング手法として確立されており、効果が見られるのではないかと考えました。
ここで、ようやく今回の共同研究の話につながります(笑)。その市販品ロボットは見た目も愛らしいため、仮に効果があったとしても、おうむ返しの機能が貢献しているのか、見た目の愛らしさで人の気分が変わっているのかを見極める必要がある。そこで3条件のロボットを用意しました。見た目の愛らしさは消して、おうむ返しの機能だけを残したロボット、反対に見た目はそのままに、おうむ返しの機能を無くしたロボット、そして両方を残したロボット。これらの3つのロボットを使って、人の心理的反応を測定することにしたのです。
でもどうやってヒトの気分を測定するのか。私は、脳波や血圧といった体内の数値、専門用語で言うところの「生理的指標」で測定したいと考えました。そこで大浦先生を通して、研究室に所属していた当時は博士課程の学生であった三上先生にお声かけしました。
三上可菜子氏(以下敬称略):私は、人の認知や記憶に関わる「高次脳機能」を研究しています。工学的な面から分析しているのが特徴で、NIRS(近赤外分光装置)やEEG(脳波計)などの脳活動計測装置を使って、いろいろな環境下で人の脳活動がどう変わるかを計測?分析してきました。最近はVR空間での脳活動などについて調べていますね。
テクノロジーが進む中で、人体に関する測定技術も高度化している。その先端技術を心理学に取り入れ、より科学的に、データや数値をもとに心理を解析しようと、共同研究が始まったといえる。
なぜ現代は
「広い知見を持った方が良い」のか。
教員はどうサポートするのか
桜井先生とはそのとき初めて知り合ったのですか?
三上:最初に出会ったのは、実は今回の研究より前だったんです。私は高校を出て国士舘大学に入学し、修士、博士を経て現在は教員になったのですが、博士課程で脳機能への研究を進めていくと、次第に脳機能と強く関係する心理学の知識が必要になってきました。でも当時、私は工学研究科の所属で、心理学の先生は近くにいない。その中で、当時の担当教員だった大浦先生に「心理学の先生にいろいろ教えていただく機会が欲しい」と相談して。紹介していただいたのが桜井先生だったんです。
大浦邦彦氏(以下敬称略):私は電気工学科の出身で、専門はシステム制御工学です。国士舘では人を対象として、生体信号処理?医用画像処理などデータ解析を中心に研究してきました。当然、心理学は専門外で知識はありません。8年ほど前、大学院生として研究室に在籍していた三上先生が心理学の知見を求める中で、学内で良く存じ上げていた桜井先生に質問をしたわけです。幸い桜井先生も快く受けてくださって、まず3人で直接話す機会を作っていただきました。
桜井:最初はキャンパスの食堂にみんなで集まって、ざっくばらんに話しましたよね(笑)。三上先生が書いた論文も見せていただきました。学部は違いますが、私たち教員は「学生の教育相談」という役目があり、生徒の理解?援助が求められています。すごく良い機会だと思いましたし、ここで生まれた関係が今回の共同研究の端緒になったと思います。
三上:他学部の先生とお話しする機会は簡単には作れないと思うのですが、大浦先生にはいろんな方を紹介いただいて。桜井先生のほかにも、国士舘大学体育学部の医療系の先生方もご紹介いただきました。
大浦:国士舘大学は他学部教員にも声をかけやすい雰囲気があり、そこを頼った形です。大学院生には指導教員の枠に捉われず広い知見を持って欲しくて、桜井先生はじめ数名の先生方に相談を持ちかけました。異分野交流ですね。私からのお願いも多いですが、近年はあらゆる学問分野でデータ解析が重視されますので、私の専門に関しても時おり質問を受けます。工学分野では当たり前のことでも、他分野では新しく有用なケースがあります。
その分野では当たり前のことも、異なる分野に持っていくと有用になる——。この考えは企業活動でも重視されており、だからこそオープンイノベーションが増えている。研究も同様で、国士舘大学大学院の教員はその動きをサポートしていることがわかる。
得られたのは研究成果だけではない。
今後に生きる「お互いからの学び」
そういったエピソードを経て、今回の共同研究ではどんな成果が得られましたか。
三上:先ほど説明した3つのロボット(おうむ返しの機能だけ残したロボット、かわいさだけ残したロボット、両方を兼ね備えたロボット)について、相対した被験者のアルファ波やベータ波といった数値をもとに脳活動を測定していきました。
桜井:もっとも効果があったのは両方を兼ね備えたロボットで、これは当然の結果と言えます。重要なのは次で、今回の研究ではかわいさだけ残したロボットに効果が認められました。これらの研究結果をまとめた論文も、9月の学会で発表したばかりです。
三上:出てきた数値を心理学が専門である桜井先生の知見と重ね合わせられるので、結果が立体的に見えてきましたね。
桜井:私も数値データの分析や、それを論文にまとめるのはあまり得意ではないので、三上先生や大浦先生に協力いただけてよかったです。今後研究していく上での知識もつきましたね。
その後も研究は続いており、いまは「人の悩みを解消する上で最適なロボットは何か」というテーマに移っています。たとえば現在、AIを搭載して人を認識したり、よく接する人に懐いたりするロボットも市販されています。このようなロボットに接する時のヒトの脳活動を分析していきたいですね。
研究成果が出ただけでなく、違う分野の専門家と一緒に研究をしたことで、お互いが新しいノウハウを獲得したことも重要だろう。それは間違いなく今後の研究に生きていく。これも領域横断のメリットだ。
研究領域を広げた学生と
支援した教員。
その師弟愛にこの大学らしさがある
最後に、この共同研究を通してみなさんが考える国士舘大学大学院のメリットや価値はどんなものでしょうか。
大浦:まず少人数で、教員の丁寧な指導を受けられることが挙げられます。あとは先ほども話した、他学部の教員と連携しやすい環境が、この大学の良さと感じています。企業も大学も、いまは異分野が連携して新しいものを生み出す時代です。大学院生には新しいテーマで、指導教員を越えて行く意欲を持って欲しい。そんなチャレンジしやすい環境を、国士舘大学大学院は提供できると思います。私自身も桜井先生をはじめとする他研究科の先生方との連携により、多くを学びました。三上先生のおかげかもしれませんね(笑)。今後も教員として、大学院生の知見を広げる指導ができればと思います。
桜井:総合大学だからこそ、いろいろな分野と連携して、領域を超えて学べるというのもあるでしょう。実際に、三上先生がこの大学で工学から脳科学、心理学へと研究分野を横断していったこと、大浦先生がそれをサポートしたこと。この事実が示していますよね。2人の師弟愛にこそ、国士舘大学“らしさ”が詰まっているのではないかなと。
三上:先生同士の距離が近いことは学生からも分かりますし、所属研究科以外の先生にも話を聞きやすい環境だと思います。特に大学院は少人数教育なので、先生と話す時間を作ろうと思えば、いくらでも作れる。私も大浦先生にとにかくいろんなお願いをしましたから(笑)。
領域を超えて自分の知見を広げるのは大切ですが、まずは自分の核となる1分野を極めることも重要です。きちんと土台ができてこそ、次に連携したい学問、組み合わせることで価値の出そうな分野が見えてきますから。そこで分野を拡張していくのが良いと思いますし、そのときにこの大学院はきっと力になるはずです。
文理融合や学際的な研究が重視される昨今。領域横断の研究がしやすいのは、総合大学である国士舘大学大学院の大きなメリットだろう。また、三上先生が言う「1つの土台を作った上で、見地を拡張していく」という点では、すでに一個の基礎分野を持った社会人が、ステップアップのために異なる分野を学びたい場合、国士舘大学大学院はまさに基礎分野から異なる領域へ拡張しやすい環境だといえる。