
2025年4月1日、体育学部の田原淳子教授が国士舘大学の新たな学長に就任されました。今、時代は急速に動いています。激動する社会のニーズに、今後大学はどのような形で応えていくのか。また、どのような教育によって社会で活躍できる人材を育成し、貢献していくのか。今回のドキュメント国士舘では、初の女性学長となった田原先生と理工学部関口宗男教授の対談を通して、これからの時代の教育について語っていただきました。
- 編集部
- まずは新学長に就任された田原先生に、これからの抱負をお伺いしたいと思います。
- 田原
- 国士舘大学は伝統のある私学です。創立者である柴田德次郎先生の意を汲んで、その教育理念を継承し、さらに浸透させ、発展させていくことを第一に考えています。本学はこれまでに多くの公務員や教員を輩出してまいりました。自治体はもちろん、警察や消防の現場で多くの卒業生が社会のために汗を流しています。本学のキャッチフレーズは「人と社会を支える力」ですが、自分のことばかりではなく、人のために尽くせる人材の育成に力を入れていく、そこが国士舘大学の基本だと思っています。
- 編集部
- 建学の精神にある「国を思い、世のため、人のために尽くせる人材『国士』の養成」ということですね。
- 田原
- はい。実際に本学に長く奉職して感じるのは、「人を大切にする大学」「教職員が協力し合える大学」というものです。学生は素直で、学生の保護者に本学の卒業生が少なくないことを知りました。本学には伝統の中で培われてきた精神が脈々と受け継がれています。その雰囲気の中で国士舘らしさ、その精神を身に付けて育っていく。入学当初は高校生らしい幼さを残した1年生が、学年が上がるごとに逞しく成長し、やがて社会に出て活躍していく。そんな姿を見られるのが本当に嬉しく思います。
- 編集部
- 国士舘大学の伝統の魅力は、どのへんにあるとお考えですか?
- 田原
- 「人間味あふれる面倒見のよい大学」、これが国士舘の誇る伝統です。デジタル化が進んだ今日でも、やはり生身の人間同士の直接的な体験や心の交流が、学生の成長を大きく引き出します。本学には多様な学生さんが入学してきますので、まずはすべての学生にきちんとしたサポートを届けることが大切だと考えています。教職員の一人ひとりが学生のことを親身になって気に掛け、人と人とのコミュニケーションを大切にする。その人間味ある温かい環境の中で、人としての魅力を高め、頼りになる人間、一緒に働きたい、一緒に協力して物事を進めていきたい、そんなふうに思われる魅力ある人間に育ってもらいたいと思っています。
- 編集部
- 田原先生は長年、オリンピックの理念や歴史を研究されてきました。国士舘大学の伝統の精神と通じるものがあるのではないですか?
- 田原
- そうですね。近代オリンピックはフランスのクーベルタン男爵が作ったわけですが、彼の根幹にあるのは教育なんです。スポーツを通していかに人間性を高めていくか、その先に国際平和があるという考えです。国士舘の創設者である柴田德次郎先生も、武道を大切になさっていました。日々の鍛錬の中で磨かれた胆力や、相手に対する礼儀など、まずは一人ひとりの精神性を磨くことが大切で、その先によりよい社会があるという考えは、まさにオリンピックの精神に通じるところがあると思います。
- 編集部
- 少子化が進み、これから大学は厳しい時代に入っていきます。そんな中で、国士舘大学は何を大切にして教育を行っていきますか?
- 田原
- 国士舘の素晴らしい伝統を維持し、さらに発展させていくために重要なのは、学生の心をつかむ、より質の高い教育を提供していくことです。その上で、地域社会との連携や、国際交流を促進し、学生が専門性と幅広い教養を身に付け、「世のため人のために尽くせる才能あふれる人材」になるように育てていきます。そのために注目しているのが、すでに本学で導入されているAI?データサイエンス教育です。今日は理工学部の関口先生がいらしているので、そのあたりを私もお聞きしたいと思っています。
人間性を高める教育
AI(人工知能)が教育を変えていく
- 編集部
- 関口先生にお伺いしますが、国士舘大学が導入したAI?データサイエンス教育とは、どういうものでしょうか。
- 関口
- AI?データサイエンスとは、世にあるさまざまなデータを基に、統計解析やAIを使って、課題解決に役立てる技術のことです。ご存じのように、ChatGPTのような生成AIが急速に普及して、暮らしの中で使われるようになってきました。ビジネスの分野でも、AIをどのように活用していくかが大きなテーマになっています。そのための基本的な知識やスキルを学生に与えるのが、AI?データサイエンス教育です。
- 編集部
- 国士舘大学では、どのような形で導入されているのですか?
- 関口
- 本学では黄金城电子游戏_澳门黄金赌城-【唯一授权牌照】5年度から、全学共通教育必修科目の「AIとサイエンス」を中心にさまざまな専門分野に応用するための基礎となる科目を展開して、数理?データサイエンス?AIに関する知識と技術の習得を目指しています。また、本学のAI?データサイエンス教育の取り組みは、文部科学省が推進する「数理?データサイエンス?AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベルと応用基礎レベル)」に認定されています。
- 編集部
- 実際に学生は、どのような形でAI?データサイエンスを学んでいるのですか?
- 関口
- 授業に関しては、4科目はオンラインのオンデマンド教育で、動画を中心に学んでもらっています。その上に「AI基礎演習」という対面形式の授業があって、実際のデータ解析をAIの基礎的知識を使って学ぶ内容になっています。この演習科目は理工学部の学生は必修になっていて、他学部の学生も希望すれば履修できます。リテラシーレベルと応用基礎レベルの学びを、全学生を対象に行っている大学はまだ少ないと思います。
- 田原
- 大学にAIが入ってくると、学生の学び方も変わってくるのではないですか?
- 関口
- その通りですね。先ほど学長がおっしゃった国際交流にもAIは活用できると考えています。私が関わっているプロジェクトに、AIを使った国際協調学習を開発するというものがあります。AIを活用して言語の障壁をなくすことで、国際交流を促すことを目的として開発されています。このシステムでは翻訳の他にも、グループディスカッションの内容をAIがまとめ、ファシリテートまでしてくれます。これを使えば外国語(58言語に対応)がうまく話せなくても、海外の学生とスムーズに交流できるようになります。本格的な導入はまだ先になりそうですが、国士舘大学でもぜひこうしたテクノロジーを取り入れて、学びを発展させていければと思っています。
- 編集部
- 学生さんはAI?データサイエンス教育にどのような印象を持っていますか?
- 関口
- それについては、私たちが学内で実施したアンケート調査があって、それを見ると、かなりの学生がAIを学びたいという気持ちを抱いているようです。ただ、同時に心配もあるみたいですね。
- 編集部
- 心配? どのような心配ですか?
- 関口
- AIに仕事を奪われてしまうのではないかという心配ですね。社会に出て自分にやる仕事があるのか、社会の中でちゃんとした地位を得られるのか。そういう時代の中で、自分は何を学び、どんなスキルを身につけておくべきか、といったことを考えているようです。学生とは個人的に相談に乗ることがあるので、そういった不安を払拭してあげることも大切かなと感じています。
- 編集部
- なるほど。私たちの時代には考えもしなかった心配ですね。
- 関口
- そうなんです。生成AIはすでに実社会の中でも使われていて、学生たちはそれが当たり前の時代を生きていくことになります。AIには良い面もあれば悪い面もあり、それをちゃんと見極めて利用していかねばなりません。国士舘大学は現在、応用基礎レベルまでは他の私立大学に先んじていると思いますので、このアドバンテージを活かして、AI?データサイエンス教育を発展させていけたらと思います。
AIリテラシーを高める
- 編集部
- 逆にAIを使う上で気を付けなくてはならない点などありますか?
- 関口
- それがまさに問題なんですよね。現在のAIが実際にどのくらいのことを知っているかというと、大学生レベルのことになるとまだ難しい点があります。また、AIが持っている知識は分野によって偏りがあるし、英語ならまともに答えるのに、日本語だとおかしくなる部分もあります。
- 編集部
- AIもまだ完璧じゃないんですね。
- 田原
- AIも間違えることがあるということを、使う側としては知っておく必要がありますね。
- 関口
- そうなんです。利用するときには相当気をつけなくちゃいけない。他にも個人情報を抜かれかねないという問題もあります。
- 編集部
- AIに個人情報が抜かれるのですか?
- 関口
- はい。無料で使えるAIは、利用規約に個人情報も含めた情報提供に同意しないといけないものがあったり、ひどいものは情報の取り扱いに関して曖昧のまま利用できてしまったりするので、入力した個人情報をAIに取られ、どこかで勝手に吐き出されてしまう可能性があります。有料のAIはあらかじめ運営会社と個人契約を結ぶので、その心配は低いですが、無料版を使うときは注意が必要です。ですので、大学のゼミや卒業研究で使う場合は有料契約する必要があると考えています。
- 編集部
- そんなリスクがあるのですか。それは知りませんでした。
- 関口
- 学生さんにアンケートを取ると、AIを友達だと思っている子がいるんですね。気軽に何でも聞けるので、分からないことがあると人には聞かずに、すぐにAIに聞いてしまう。でも、相談ごとをしているときに、うっかり個人情報を入れてしまうと、その後どうなるかは分かりません。
- 編集部
- 恐いですね。有料契約なら大丈夫なんですか?
- 関口
- ええ、一応大手の提供会社ではそれは保証すると言ってますし、もし何かあれば契約内容に則って、被害調査や法的措置の対応ができるのでリスクは抑えられると思います。
- 田原
- 使える便利さだけではなく、どういうリスクがあるのか、何に気をつけなくてはいけないのか、セキュリティの面を教えていくことは、とても大事ですね。
- 関口
- AIリテラシーの部分ですね。AIの正しい使い方に関しては、国士舘では授業の中でしっかり学生に教えています。授業を受けた後のアンケート結果でも、学生の安心につながっているようです。
- 田原
- AIは、上手に使えればこんなに便利なものはないと思います。逆にこれが使えないと情報格差が生まれて、不便な生活を強いられたり、必要な情報が入手できなかったりすることが起こりえます。これからの時代、基本的なこととして、AIに関する基礎知識はすべての人が持っておく必要がありますね。
- 編集部
- 今後、ビジネスの世界では、どんなAIの活用方法があると思いますか?
- 関口
- AI?データサイエンスを活用したコンサルみたいな仕事が増えていくでしょうね。
- 編集部
- AIを使ってどんなコンサルが可能なのでしょう。
- 関口
- ある日本酒メーカーの事例ですが、日本酒を造るときに杜氏と呼ばれる職人さんがいますよね。近年、杜氏のなり手が減ってきて、彼らが持つ暗黙知をどう継承するかが課題になっています。その会社では酒づくりの過程を科学的に分析し、湿度や温度をエアコンで管理して、杜氏が持っている技術を継承しようという取り組みをやっています。
- 編集部
- なるほど。そういう取り組みはいろいろな分野に応用できそうですね。
- 関口
- そうなんです。日本の伝統的なよい物を、AI?データサイエンスを使って残せる可能性があります。これからは、そういうことができる人材が社会で必要になってくると思います。
- 編集部
- データサイエンティストの仕事ですね。
- 関口
- データサイエンティストというと、高度な理系の知識や技能が必要と思われますが、実際にはチームで取り組むので、すべての人がそこまでの深い知識を有する必要はありません。たとえば、営業職ですね。顧客がどんなことで困っているのか、それを聞き出せる人材が必要になります。個人的に営業職は理系より文系の人間の方が向いていると私は思います。コミュニケーション能力の高い国士舘大学の学生にはぴったりではないですか。
文理の垣根を超えて
- 編集部
- なるほど。営業職なら、文系の学生でも活躍できそうですね。
- 関口
- 次に必要となるのが、営業担当者が聞き出してきたものを数値化して、使えるデータにする役割の人材です。
- 編集部
- データ化ですか?
- 関口
- はい。実はデータサイエンスを使う上で、既存の数値をデータ化するところが難しいんです。先ほどの酒造りでいうと、杜氏さんが日々の天気や温度、湿度などを日誌に付けていたりしますよね。紙のデータはそのままでは使えないので、デジタルの数値に変換しなければなりません。それをデータ化する専門職も必要になってきます。
- 編集部
- なるほど、料理でいえば下ごしらえの段階が必要ということですね。
- 関口
- そうなんです。AI?データサイエンスには、大きく分けて3種類の仕事があると思っています。顧客のニーズを聞き出す営業職と、数値をデータ化する専門職と、AIを使って実際にデータを解析するスペシャリストです。私は文系の学生でも十分にAI?データサイエンスの分野で活躍できると思っています。これからの時代、文系?理系に分けるのではなく、文理融合型の教育で優秀な人材育成ができたら面白いなと思います。
- 編集部
- AI?データサイエンスと聞くと理系のイメージがありますが、お話を伺うと文系の学生でも学べるし、活躍できるチャンスもあると感じます。
- 関口
- そうなんです。単なる人工知能として便利に使うだけではなく、これからはAIを使った新しいビジネスがどんどん生まれてくると思います。そのためにAIの基礎知識を有した人材を幅広く育成していくことが大切だと思っています。
- 田原
- 文理融合という話ですけど、そこにAI?データサイエンス教育がどのように関わってくるのでしょうか。
- 関口
- AI?データサイエンス教育は、情報科学や情報工学の分野の知識なんですね。そこは文系の学生たちは今のカリキュラムではあまり勉強していない分野です。実際にAIや統計解析を使うとなると、もう少し上のステップが必要です。現在、本学では応用基礎レベルのところまではやっていますが、学び始めた学生がもう少し数学の知識が欲しい、統計解析を学びたいとなったとき、そういう学生のニーズに応えられる体制が必要だと思っています。
- 田原
- もう少し知りたい、学びたいという知識の部分を、全学的に学べるようにするということですね。
- 編集部
- 文理融合型の教育は、これから大学のテーマになりそうですね。実際に国士舘大学でやっていくためには、どのような施策が必要でしょうか。
- 田原
- 科目と履修という話でいうと、本学には「他学部履修制度」というものがあります。自分が所属している学部以外の科目を、他の学部から履修できるという制度です。文理融合を進めていくうえで、今後は選択できる科目数の制限を減らして、より多くの科目を横断的に履修できるようにしていければと思います。文系と理系の垣根を低くしていけば、自然な形で文理融合教育が進んでいくのではないでしょうか。
- 関口
- 本学は総合大学としていろんな学部の科目があるので、自由に選択してもらえば、学生の夢を叶えることにつながるんじゃないですかね。
- 田原
- そうですね。本学はもっともっと総合大学としての強みを活かしていけると思いますし、そのために学部間の垣根を低くして、学生だけでなく、教員も共同プロジェクトなどを推進して、新しい総合知のようなものを生みだしていけるといいなと思います。7学部10研究科ありますので、その組みあわせは多様ですし、いろんな可能性が開けていくのではないでしょうか。
- 編集部
- 文理の垣根を低くして、学生さんの夢を応援していくという話、将来に希望が持てますね。今日は貴重なお話をありがとうございました。
田原 淳子(TAHARA Junko)
国士舘大学 学長
●博士(体育学)/中京大学大学院 体育学研究科博士後期課程修了
●専門/スポーツ史学、スポーツ倫理学
関口 宗男(SEKIGUCHI Motoo)
国士舘大学 理工学部 基礎理学系 教授
●博士(理学)/日本大学 理工学研究科 物理学専攻 博士課程修了
●専門/素粒子物理学、計算物理学