編集部: 先生は数学がご専門とおうかがいしましたが、どのような研究をなさってらっしゃるのですか?
それが説明しにくいんですよね。数学って、いろいろな分野がありますから。大きく分けると代数学と幾何学と解析学がありまして、その解析学の中に微分方程式というのがあります。その中でも、私は特に非線形偏微分方程式を研究の対象にしています。もっと細かくいうと、非線形放物型偏微分方程式が、私の専門です。
いちばん最後にやった仕事は、局所反応方程式というものです。非線形偏微分方程式の解の挙動ですね。それがおもしろいことに解が爆発するんです。普通の線形熱方程式なんかだと、時間とともに値が変化して、最後はある一定の値に落ち着くんですが、私が研究した方程式では、解がどんどん大きくなって、有限時間に無限大になるんです。解が全体の領域で爆発を起こすんですね。それを証明したということです。
編集部: すみません。難しすぎてよく分かりませんでした。授業でもこのようなことを教えるのですか?
とんでもない。授業ではこんな難しいことはやりません。私がいま教えているのは、論理と集合、幾何学、1年生の微積分、線形代数、それから3年生のゼミナールと4年生の卒業研究といったところです。ゼミナールでやっているのは、学生に本を読んでもらって、内容を理解して、まとめてもらうということですね。
数学というのは、非常に専門性の高い学問でして、しかも分野ごとに深く研究が進んでいます。だから、学ぶためには、準備に相当時間がかかるんです。私だって、分野が違う先生の研究は、難しくて理解できないことがあります。国士舘大学の基礎理学系で扱う数学は、古典的な数学だけで、私が研究しているような現代数学までは到達しません。他の大学でも、だいたい同じだと思います。本校の場合は、4年生で卒論がありますが、他大学では卒論のないところも多いようです。論文として発表できるほどの研究まで、学生のレベルを持っていくのは難しいということです。
編集部: 数学はやはり難しいんですね。
でも、国士舘大学の基礎理学系は志望者が多いと聞いています。なぜでしょう。
そうなんです。実は人数が多いというのが、今、ちょっとした悩みでして。嬉しい悩みなんですけれどね。国士舘大学は、2007年に現在の理工学部の形になったのですが、基礎理学系ができたときには、こんなに人気が出るとは思いませんでした。数学とか、物理とか、科学の基礎になる部分を地道に学ぶ学系ですから。ところがフタを開けてみると、意外なほど人気がありまして、去年は90名も学生が入ってきました。人気の秘密は、たぶん教職なんだと思います。基礎理学系では、中学?高校の数学と理科の教員免許が取得できます。数学を学ぶ学生の半分ぐらいは、教職を目指しているんじゃないでしょうか。基礎理学系の場合は、機械工学や建築学などと違って、出口がさほど明確ではありません。なので、就職先は教職員や公務員、一般企業を含めて幅広くなります。最近では、学習塾などを展開する教育関連の企業に進む人も多いようです。
編集部: 理工学部の学びの特色を教えていただけますか。
国士舘大学の理工学部は、「1学科6学系」という新しい教育システムを採用しています。理工学部の中に、「機械工学系」「電子情報学系」「建築学系」「都市ランドスケープ学系」「健康医工学系」「基礎理学系」の6つの学系を設けて、理工学という広大な分野を、専門性を高めながら、有機的に幅広く学べるようにできています。
また、受験するときに、入学後の学系を指定するセレクティブタイプと、学系を指定しないで2年次に進むときに決めるフレキシブルタイプに分かれているのも特色ではないでしょうか。初めからやりたいことが見えている学生と、見えていない学生がいるわけで、やりたいことが分からない学生は、1年間幅広く学んでから、自分の進路が選択できるシステムになっています。
それともう一つ、これは外の方からよくいわれることですが、教員と学生の距離が近いというのも、国士舘大学の特色ではないでしょうか。制度的にも「アカデミックアドバイザー制度」というのがあって、1年生として大学に入ってきた学生を教員が受け持って、しっかり面倒を見ることになっています。一人の教員につき、受け持つ学生は7~8名でしょうか。週に一度授業があって、今、学生が何を学んでいるのか、何か悩みを抱えていないか、といったことを把握していきます。1年生の春からこれをやると、教員と学生の距離がぐっと縮まりますね。「教員と学生がキャンパスの中であんなに話している姿は珍しい」と、他大学からいらした方によく言われます。
編集部: 平成26年4月から「都市ランドスケープ系」が「まちづくり学系」に
名称変更予定とお聞きしましたが、なぜですか?
はい、来年の4月から「都市ランドスケープ学系」は「まちづくり学系」に名称の変更を予定しています。理由の一つは、より学びの内容をイメージしやすくしたいということです。ランドスケープは日本語に訳すと景観という意味ですが、今ひとつ何を学ぶのかが伝わりにくかった。そして、もう一つは、学びの中身を、今の時代に即したものにしたいという意向です。今の時代、ダムや橋を造るといった巨大な事業は縮小傾向にあります。代わりに、市役所や町役場などに「まちづくり課」のようなものができて、コンパクトな予算で効率よくできる「まちづくり」のニーズが高まってきています。このような時の流れをつかみ、地方自治体や公共団体で活躍できる人材を育成していこうというわけです。たとえば、この世田谷キャンパスがある松陰神社前の商店街では、一時期、国士舘大学理工学部の学生が商店街の人たちといっしょに会合を開いて、商店街活性化のためのサポートをさせていただいたことがありました。こういったことで社会のお役に立てる人材を、「まちづくり学系」で育成していきたいと考えています。
編集部: 理工学部は今年創設50周年を迎えます。それに関してイベントがあるとうかがいましたが……。
そうですね。国士舘大学に工学部が設置されたのが、1963年ですから、今年はちょうど創設50周年に当たります。それについて6月に記念のイベントを開催することになっています。内容としては、過去を振り返るのではなく、次の50年につながるような、未来を見据えた催しにしたいと考えています。たとえば、ノーベル物理学賞を受賞された益川敏英先生をお招きして講演していただいたり、はやぶさプロジェクトやスカイツリー建設に携わった人をお招きして、現場の話などをしていただく予定です。こういうリアルな話を、これからの日本を担う若い人たちに聞いてもらいたいと思っています。また、6月3日からの一週間は、「理工学部創設50周年記念ウィーク」と称して、近隣の小中学生をお招きして、各学系でイベントを開催します。楽しく遊んで、学んで、少しでも理工学部の学びに興味を持ってもらえたらと考えています。
編集部: 今年4月、世田谷キャンパスに誕生した新施設に、理工学部の実習工場ができました。
これはどのようなものですか?
その施設の名称は「メイプルセンチュリーホール」といいます。国際的な競技大会が開ける本格的なプールやバレーやバスケットボールのコート、ジムなどができる体育館のようなものですが、その地下1階から3階までが、理工学部の施設になります。つまり、文武両道といいますか、「心と体」の両面に磨きをかけられる施設になるわけです。
まず、地下3階に、機械工学系の「実習工場」が入ります。ここには機械工作や流体の実験ができる設備などが揃います。地下2階は、電子情報系の「マルチメディアスタジオ」や、歩行動作分析などができる「健康医工学実験室」、また、さまざまな素材の加工や製作ができる「ものづくり工房」ができます。基礎理学系のための生物実験室と地学実験室を兼ねた「理学実験室」もこのフロアです。地下1階には、3D-CADをはじめ最先端の設計支援ツールを導入した「製図室」が誕生します。そして、その奥が建築学系のための「建築スタジオ」。ざっとこんな具合です。実習工場をメインに、さまざまな設備を充実させた、理工学部6学系の勉強に総合的に役立つ施設となっています。
編集部: 特色豊かな理工学部の学びを通して、先生はどのような人材を育てようとお考えですか?
狭い立場から発言しますと、私は理工学部の基礎理学系にいて、数学を担当していますので、やはり意識しているのは数学の教員の育成ですね。中学校や高等学校で数学を好きになってもらうには、そこで教える先生の質が問われます。数学は本当に面白いもので、その面白さを知っている先生が教えれば、いわゆる数学離れは起こらないのだと思います。中高の数学を大学の目線で教えられるというか、この数学は将来こういうふうに面白くなるんだよとか。そういう数学の楽しさや面白さを知っている教員を、一人でも多く育てていきたいと思っています。
もう一つ、理工学部全体を見る立場から言えば、何か現象が起きたときに、マニュアルに従って答えを出すのではなく、「これはなぜ起こるんだろう」と深く辿って行ける思考のできる人間になってもらいたいと思っています。たとえばsin(サイン)を微分するとcos(コサイン)になります。それを機械的に覚えるのではなく、背後にある理屈を探り、知りたくなる人になって欲しいのです。社会に出て、どんな仕事に就いても、この思考回路は生きてくると思います。例えば数学とは無縁の営業の仕事に就いたとしても、言われた通りに闇雲にやるのではなく、なぜこんなに儲かるんだろうかとか、なぜ成績が上がらないんだろうとか、現象の背後にある理屈に目を向けて、思考できる人は、きっといい結果を生むはずです。何事においても、機械的に処理するのではなく、「ちょっと待てよ」と立ち止まって、「これはどうしてこうなるんだろう」と考えられる人。そういうフレキシブルな思考ができる人間を、国士舘大学の理工学部としては育成していきたいと思います。
福田 勇(FUKUDA Isamu)教授プロフィール (福田勇教授は、2018年10月に逝去いたしました)
●理学博士/早稲田大学理工学部博士課程修了
●専門/数学
掲載情報は、
2013年のものです。