編集部: ご専門の経営情報論とは、どんな学問ですか?
社会の中の、主に企業において情報通信技術、いわゆるICTがどのように活用されているか、その効果はどうか、問題点はどこにあるのかといったことを研究する学問です。いま、私が国士舘大学で教えているのは、その中の「情報のマネジメント」と「ビジネスコミュニケーション」という分野です。
ICTはInformation and Communication Technologyの略語で、意味としてはIT(Information Technology)とほぼ同じですが、違いはコミュニケーションという言葉が加わっているところです。授業では、企業がどのような形でICTを使いこなし、効果を上げているかといったことを教えています。そういう中で出てくるキーワードは「つながり」です。ICTが創り出す「つながり」が、いま、企業の姿やあり方を変え始めています。
編集部: 具体的にはどのようなことですか?
ひとつには、「つながり」によって、企業の中のタテの関係が変わり始めています。従来の企業は一般的にピラミッド型の構造をしていました。社員を底辺に、上に向かって階層があって、そのトップに経営者が君臨しているわけです。ところが、情報通信技術を活用すると、経営のトップと現場が直接つながれるようになる。たとえばある文具メーカーの例ですが、社長と社員がネットを使ってチャットして、直接アイディアを交換し始めました。いいアイディアが社員から出ると、社長が即座に「それで行こう!」と決断できるわけです。これなどは、昔では考えられなかったタテのつながりの一例ですね。
編集部: なるほど、情報通信が企業のあり方を変え始めたのですね。
そうです。ICTはタテだけではなく、ヨコのつながりも変えています。たとえばセールスマンが得意先にいって、要望やクレームを聞いてきたとします。ICTを活用している会社では、帰社した営業マンは即座にパソコンに向かい、クレームの内容を入力します。すると、その情報は瞬時にして全社員が共有できるものになります。こうすれば、スピーディにクレーム点を改善したり、より優れた製品を開発したりできるようになります。
また、ICTは企業同士のつながりも緊密化させています。商品の製造から小売りまでの流れを管理することを「サプライチェーンマネジメント」といいますが、ここでメーカーと小売店がネットを介して緊密につながり、対当のパートナーシップを築き始めています。このように二重に三重に、「つながり」がキーワードになってきています。
編集部: 先生は、行政の仕事にも関わってらっしゃるとお聞きしましたが。
行政との関わりは、1992年に行政管理研究センターというところの研究会委員を引き受けたことが始まりです。以来、主に「地域のマネジメント」をテーマに研究しています。たとえば、いま、私は21世紀アジア学部の先生と一緒に商店街の調査をしています。いわゆるシャッター通りができてしまう原因などを、アンケートやヒアリングを通して探っています。商店街は、従来、買い物だけではなく、住民同士のコミュニケーションの場でもありました。商店街の衰退とともに、そういった機能が失われていると考えています。
他には、足立区とのつながりなどもあります。区のケーブルテレビの導入に関わって以来、足立区とはいろいろやっています。2002年からは「ニュービジネス支援事業」というのがあって、区で創業するベンチャーを応援するプロジェクトですが、その「ビジネスチャレンジコース」の選考委員をやっています。
編集部: なぜ、経営情報を研究されるようになったのですか?
大学の経営学部にいた頃、「意思決定論」に興味があって、その分野を学んでいました。たとえば、社長の決断と社員の決断は性質が違います。社員が下す決断は日々の中で構造化されたもので、さほど難しくありません。しかし、経営者の決断はパターン化できないものが多いため、非常に難しい。たとえば、M&Aの決断などはその最たる例ですね。決断を下した先の結果が読めない。ところが、コンピューターにファジー理論が出てきて、こうした高度な決断がシステムを使ってやれるようになってきた。それで面白くなって、経営情報論の道に進むようになったのです。
編集部: カナダの大学とのつながりも深いとお聞きしました。
はい。カナダとの関係は、サイモンフレーザー大学というバンクーバーの大学に客員研究員として行ったのが始まりです。もう13、4年前になりますか。バンクーバーは気候が温暖で、とても暮らしやすいところです。以来つながりが続いていて、あちらの日本人向け新聞「バンクーバー新報」や情報誌「ふれいざー」にもずっとコラムを連載しています。ラジオニッポンという番組にゲスト出演したこともありました。「アメリカは人種の坩堝、カナダはモザイク社会」という言葉があるように、カナダは外から来る人間を容易に受け入れる風土があります。また、多様性を認める社会なので、生きていてラクですね。いまも毎年、必ず行くようにしています。そう、私が行ったことがきっかけで、現在、サイモンフレーザー大学は国士舘大学の短期留学の海外研修校にもなっています。
編集部: 経営情報論を学生に教えるにあたって、何か工夫はなさっていますか?
そうですね、抽象的に話すと難しくなってしまうので、学生にはできるだけ具体的な事例を取りあげて、教えるように心がけています。たとえば、誰もが知っている有名な企業を題材に、その取り組みを話すと、興味を持って聞いてもらえます。さきほどの文具メーカーの事例もそうですが、コンビニや銀行、日用品のメーカーなど、どんどん実名を出して、その企業がどういうカタチでICTを使いこなしているか、また社内に普及させているかといったことを、リアルに紹介していきます。ただ、難しいのは、ICTの分野は日進月歩なので、事例がすぐに陳腐化することです。常に最新のケースを見せていないと意味がありません。幸い私の場合はアンケートやヒアリングを行う実証研究が主体なので、最新の研究成果を学生に紹介することができます。まだ、どこにも出ていない旬の話題にライブで触れられるので、学生も面白がっていると思いますよ。
編集部: 2011年度、経営学部が誕生予定とお聞きましたが、どのような学部になるのでしょうか。
政経学部の中に経営学科があったのが、学部として独立することで、学びの分野が学生にとってより分かりやすいものになり、自由度も高まればと期待しています。経済学は社会全般の経済活動が研究の対象で、基本的に企業をブラックボックスとみなす学問ですが、経営はむしろ逆で、企業など組織体の中味や運営のありかたを研究し、探究していく学問です。その違いとそれぞれの特長が、よりハッキリするのではと思います。
編集部: 4年間の学びを通して、学生には何を身につけて欲しいとお思いですか。
まず、経営を学ぶ限りにおいて、この分野の専門知識をしっかり身につけてもらいたいと思います。それは当然のこととして、その上で私が学生に身につけてほしいもの、それは「強い楽観主義」とでも呼びたい心の持ちようです。別な言い方をすると、システム的な思考というのでしょうか。いろんな見方に基づいて判断を下せる人になってもらいたい。これができれば、人生に対して柔軟になれます。人生って、夢を持って、それに向かって生きていくわけだけれど、むしろうまく行かないことの方が多いですよね。私もそうですが、壁に当たったり、失敗したり、挫折したりする。そんなとき、自暴自棄にならずに、「絶対になんとかなる」という強い楽観主義のもと、再び立ちあがれる人間になってほしいと思います。そして、広い視野を持った人間になってほしいかな。そのためには、若いうちにどんどん海外旅行をしろと私は勧めています。どこに就職しても、何を仕事にしても、結果的に役に立つ学問、それが経営学です。柔軟な思考を身につけた、強く生きぬいていける楽観的な人間を、私は育てていきたいと考えています。
中根 雅夫(NAKANE Masao)教授プロフィール
●横浜国立大学卒業、筑波大学大学院修了
●専門/経営情報論、経営組織論、等
掲載情報は、
2010年作成時のものです。